解決事例
- 2022.08.30
- 遺産分割協議書は作成されたが、相続人の一人が印鑑証明書を渡さないため、遺産分割調停を申し立てた事例
相談内容
亡くなられたお父様(被相続人)には奥様と長男と長女の3人の相続人がおられました。奥様と長男とは被相続人が亡くなった後も同居していましたが、長女は結婚を機に夫の家に嫁いでいました。
そして、本事案では、被相続人の遺産のうち、
➀自宅の土地と建物は奥様が単独で、
➁預貯金は奥様が2分の1、長男と長女とが4分の1ずつ、
➂株式その他有価証券(未収配当金、配当期待権を含む)は長男と長女とが2分の1ずつ取得する旨の遺産分割協議書(協議書には3者の自書及び実印による押印済み)が、すでに作成されていました。
もっとも、遺産分割協議に基づき、預貯金の解約や株式の名義変更を行う場合、金融機関や証券会社等に対し、各相続人が押印に用いた実印の印鑑証明書を提出する必要があります。
ところが、長男が長女に対して印鑑証明書の提出を求めても、長女はこれに応じようとせず、協議書の内容に基づく相続手続が一向に進まない状態が長期間続きました。長女としては、被相続人が懇意にしていた証券会社の担当者にすでに印鑑証明書を渡しており、印鑑証明書を渡そうとしないのはむしろ長男のほうだとの言い分でした。
そのため、奥様と長男とがどうすればいいか相談に来られたのが本事案でした。
当事務所の対応方針
当事務所としては、まず、奥様及び長男の代理人として、長女相手に印鑑証明書をこちらに提出するよう協力を求めましたが、長男を信頼ができないということで長女の協力が得られなかったため、やむを得ず家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てました。調停が成立すれば、相続人の印鑑証明書がなくとも、調停調書をもって、預金の解約、株式の名義変更等が可能です。
調停申立書において、奥様と長男とは、概ね、協議書の内容通りの遺産分割を求めましたが、株式について、相続開始後長期間が経過しており、しかも被相続人は生前、高配当の銘柄を好んで取得していたため、相続開始から現在に至るまでの未収配当金が1000万円を優に超える金額、発生していたことから、この未収配当金だけは法定相続分に従って(つまり、奥様が2分の1、長男と長女とが各4分の1の割合で)分けたいとの長男の強い意向があり、それに従った分割方法を希望しました。一方、長女からは、協議書の内容通り、未収配当金についても長男と長女が2分の1ずつ取得する分割案が示されました。
これに対して、裁判所からは、本件においては、本調停申立て前に、相続人3者間で遺産分割協議書を作成した時点で、すでに法的に有効に遺産分割協議が成立しており、調停(及びその後の審判)の対象が存在しないとして、協議書通りの内容で調停を成立させるのでなければ、調停を「不調」ではなく「なさず」として終了させるとの見解が示されました。「調停なさず」とは、家事事件手続法271条に「調停委員会は、事件が性質上調停を行うのに適当でないと認めるとき、・・・調停をしないものとして、家事調停事件を終了させることができる」と定められており、本件においても「調停なさず」の判断がなされれば、調停は審判に移行することなく終了してしまいます。
そのため、長男には当職らから裁判所の見解を詳しく伝え、当初協議書通りの内容で合意するよう説得することで、何とか調停成立に漕ぎ着けることに成功しました。
事務所コメント
当事務所としては、本事案の相談を受けた際、確かに相続人全員の署名押印のある遺産分割協議書が存在しているとはいえ、続人の一人から印鑑証明書が提出されないため、預金の解約も株式の名義変更もできない状況が続いていたことから、法的にも、遺産分割協議が未だ有効に成立したとはいえないのではないかとの判断を基に、遺産分割調停の申立てをしました。
したがって、相続開始後、遺産分割成立前における遺産である株式から生じる配当金については、遺産とは含まれず、法定相続分に従って当然分割されるべきとの主張を調停でしましたし、調停がまとまらなければ審判に移行し、裁判所の判断が示されるものと考えていました。
そのため、裁判所から、すでに遺産分割協議は成立していることから、本来は「調停なさず」の判断が下されるべきとの見解が示されたのは、正直なところ、全く想定外の結果でした。
しかしながら、当初の協議書の内容通りであれば調停を成立させることに何ら問題はなく、また相手方である長女も当初協議書の内容通りで調停を成立させることに何ら異論はなかったことから、方針を軌道修正のうえ、当初協議書通りの内容で調停を成立させることができました。
本事案は署名押印の揃った遺産分割協議書が存在するにも関わらず、印鑑証明書が提出されないというかなり稀な事例に関するもので、相続紛争業務を専門とする当事務所としても貴重な経験となりました。
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この記事の執筆者
入江・置田法律事務所
弁護士・税理士・家族信託専門士
置田浩之(おきた ひろゆき)